「ピュアビタミンC」「深い悩みにすぐ届く」は本当?──化粧品検定1級の私が、あの強気な美容広告に感じた「違和感」の正体

一枚のチラシを見て、
私は思わず手を止めました。

「毛穴悩みに着目した
ビタミンCチャージマスク」

そして、
その横に並ぶ
強い言葉たち。

かつてない刺激で
ハリ肌、覚醒

ビタミンC20%。
レチノール融合体。
ピュアビタミンC。

……ああ、
またこの言葉たちだ。

そう感じた瞬間、
胸の奥が
少しだけ
きゅっと
苦しくなりました。

なぜなら私は、
かつて何度も
何度も
何度も
こうした言葉に
期待しては、
裏切られてきたから
です。

今回、2026年最初の記事は
そんな

“ある意味、
間違ってはいないけれど
不誠実な広告表現
”について
書きました。

「毛穴に効く」という言葉の巧妙な共犯関係

若い頃から、私は
毛穴が気になる肌でした。

皮脂が多いわけでもない。
でも、
なぜか目立つ。

「ビタミンCは毛穴にいい」

そう聞けば、
信じて試しました。

「刺激があるのは
効いている証拠」

そう書いてあれば、
我慢すべきだと思いました。

赤くなっても。
ヒリヒリしても。
ニキビが増えても

「私の肌が弱いだけ」
そうやって、何度も
自分のせいにしてきました。

でも、
化粧品検定1級を
勉強して、
初めて分かったのです。

あれは、
私の肌が悪かったわけじゃない。

言葉の使い方が、
あまりにも不誠実だった
んだ
、と。

そもそも「毛穴」とは

少し、毛穴についてのお話です。

そもそも毛穴は
皮脂腺や汗腺の
出口構造です。

ドアのように
開閉するものでは
ありません。

それなのに、

「毛穴をケア」
「毛穴が引き締まる」

こうした言葉が
当たり前のように
使われています。

なぜか。

それは、
“改善したように見える”
可能性があるから。

例えば、
何かがきっかけで

皮脂が抑えられた。
酸化が減った。
肌表面がなめらかになった。

結果として

毛穴が
目立ちにくくなった。

それを
「毛穴に効く」と
言い換えているだけ

それって

間違いではない。
でも、
正確でもない…。

検定1級を学んで
衝撃を受けたのは

広告が謳う「引き締め」の正体は
多くの場合

皮脂を抑えて、その瞬間は
「目立たなく」させたり

肌表面を整えて
「そう見せている」だけ。

つまり、嘘ではない

でも

構造自体が変わるような
期待を抱かせるその表現

消費者からすれば、
限りなくグレーに近い
不誠実
だと思うんです。

例えば
少し極端なたとえですが…

皮脂でテカっているおでこを、
エタノールでさっと拭き取ったとします。

その一瞬、
テカリは消えて
肌が整ったように見えるかもしれません。

でもそれは

毛穴そのものが変わったわけでも
肌の状態が
根本から良くなったわけでもありません。

けれど、
「毛穴が引き締まったように見える」
という現象も

実はこれとよく似た構造で、
説明できることが
少なくないのです。

「ピュアビタミンC」という言葉のトリック

次に、
ピュアビタミンC。

チラシでは
アスコルビン酸のことを
言っているようでした。

化学的には、
これは確かに
ビタミンCそのもの。

誘導体ではない。

化学構造がそのままの
ビタミンCと言う意味で

構造的には
“純粋”。

だから、
「ピュア」と
呼ぶこと自体は
間違いではありません。

でも。

ピュア=良い
ピュア=安全
ピュア=純粋だからダイレクトに効く

そんな
価値判断まで
一緒に
乗せてしまっている

アスコルビン酸は、

不安定で
酸化しやすく
高濃度では
刺激が強い。

特に、敏感肌や
ニキビができやすい肌では
刺激として出やすく

慎重な使用が必要な成分です。

それを

「覚醒」
「刺激」

という
肌が生まれ変わるような
ポジティブな言葉で
包み込む。

これはもう…

知っている人から見ると
かなり危うい表現です。

ビタミンC20%+レチノール

さらに、
ビタミンC20%。

そして
レチノール融合体。

この組み合わせ。

冷静に見れば、
刺激が出る前提の設計です。

もちろん、
肌が強く、
適切に使える人も
いるでしょう。

でも、
それを

「かつてない刺激」
「覚醒」


夢のように
語るのは、

あまりにも
消費者の不安に寄り添っていない

そんな風に感じるのは
私だけでしょうか。

イメージ写真:スキンケア広告の世界観を伝えるためのイメージです(実際の商品ではありません)。

私が得た結論

化粧品を学んでいく上で
気づいたのは、

広告は、
嘘をつかなくても
人を誤解させられる

という事実でした。

・言っていないこと
・曖昧にぼかした部分
・良い面だけを強調した言葉

それらを
巧妙に積み重ねることで

消費者は
効く気がする世界」に
連れて行かれる。

かつての私は、
そこに
何度も
何度も
何度も
落ちていました。

でも今は、
違います。

「この言葉は、
どこまで事実で
どこから印象操作なのか

そう立ち止まれるように
なりました。

まとめ

このチラシを見て、
私は思いました。

昔の私だったら、
きっと買っていた。

そして、
また

悲しい思いを
していたかもしれない。

だからこそ、
この記事を書きました。

誰かを責めたいわけでは
ありません。

ただ、
悩みという”弱み”に付け込んで

「信じたい気持ち」を
利用する広告が大嫌い
なだけ。

かつての私と
同じように
悩んでいる人に

あなたの肌が
悪いわけじゃない

そう伝えたかった。

言葉を知ることは、
自分を守ること。

そう思っています。

2026年のはじまりに

2026年、最初の記事に
このテーマを選んだのは
偶然ではありません。

これからも私は
強い言葉に踊らされるのではなく

その言葉は、
誰のために使われているのか

立ち止まって考える視点を
大切にしたいと思っています。

かつての私は

広告を信じては傷つき、
うまくいかない理由を

すべて
自分の”厄介な”肌のせい
にしてきました。

でも今は

少しずつ言葉の裏側が
見えるようになりました。

それは、
肌が強くなったからでも
特別な存在になったからでもありません。

ただ、
知ろうとしただけ。

疑問を持つことを
やめなかっただけ。

このブログは、
正解を押しつける場所ではありません。

「それ、ちょっと違和感あるよね」
「私もそう感じてた」

そんな小さな気づきを
共有できる場所でありたいと
思っています。

今年も、
肌と向き合いながら
言葉と向き合いながら
誠実に書いていけたら良いなと思っています。

2026年も
どうぞよろしくお願いいたします。

今回もお読みいただき、ありがとうございました!